沼津市 三津坂隧道

静岡県沼津市、伊豆半島の付け根に位置し、青い海と新鮮な海産物、特にアジの刺身やタタキは絶品であり、旅先だろうと食事に対して「なるべく安く、なるべく多く、できれば肉を。」というスタンスの私が「アレが食べたい」という理由で出かける数少ない場所である。



この日は絶好のツーリング日和。VTR が修理中で乗れないので今回は初心に戻って原付で行くことにした。
原付も大型も走っていれば目的地に着くんだからそうは変わらんよ



目的地に着いた



看板を見るまでもなく通行がためらわれるこのトンネル。名を三津坂隧道または長瀬隧道といい、明治29年の竣工。明治37年竣工の旧天城隧道よりも古い歴史をもつ石造りのトンネルである。



トンネル内は漏水が激しいらしく、路面はちょっとした水路のようになっている。大部分は石造りで、中間地点は素掘りのようだ。道幅は2間(約3.6m)といったところ。

貫通した状態を維持する文化財級のトンネルだが、天城隧道と比較して保存状態にここまでの差がついたのは、単純に知名度の差か、それともすぐ近くを通る昭和36年開通の現道トンネルが最初から無料開放されていたせいか…

とはいえ、このトンネルの開通によって現在はラブライブ!サンシャイン!!で盛り上がる明治時代の内浦から伊豆長岡へのアクセスは格段に良くなったに違いない。




…ポニーテールの子がかわいい。

篠ノ井線 旧線跡を歩く

長野県の篠ノ井駅と塩尻駅を結ぶJR篠ノ井線。

特に姨捨駅付近からの景色は日本三大車窓に数えられる絶景である。

明治35年に全通という長い歴史をもつこの路線。当然、路線改良によって旧線となった区間が存在し、線路跡は6kmほどが遊歩道として整備されている。



というわけで、ちょうど新型スーパーあずさに乗りたいこともあって線路跡を歩きに行ってみた。



さすがは最新鋭の車両だけあって揺れも騒音も段違いに少ない。車窓からの景色もあって甲府から松本までの1時間少々を快適に過ごす事ができる。



松本から篠ノ井線に乗り換えて明科駅へ。案内板に沿って進んでいくと架線柱の残る旧線跡がスタートする。



線路跡からは遠くに北アルプスが見える。当時の車窓からも同じ景色が見えたのだろう。



1つめのトンネルを抜けて線路跡を進んでいくと、レンガ積みの姿を留める漆久保トンネルが見えてくる。反対側の坑門には速度標識が残っていた。雨が降ると機関車が空転することもあったという最大25パーミルの登り坂はまだまだ続く。



トンネル以外の遺構は信号機やスイッチバックの跡、レンガ積みの水路トンネルなどが残り、車道と交差する場所には踏切も復元されている。遊歩道は閉鎖されている第2白坂トンネルで折り返し。トンネル内は椎茸の栽培などに活用されているようだ。



この旧線が現役で使われていた頃はJRは22世紀までコレを走らせるつもりだと思っていたらいつの間にか見かけなくなったこの塗り分けの列車が走っていたと思う。私が今よりも更に若かった頃はポピュラーだったこの形の車両はさもない距離の乗車でも妙に「旅してる感」があった。恐らく、あの硬いのか柔らかいのかよくわからないボックスシートの座り心地と、走行音と車内に漂う「電車のにおい」のせいだ。



閉鎖されている第2白坂トンネルの扉の隙間から出るひんやりとした風に乗ってあの頃の音と香りが微かに漂ってきた気がした。

あ、帰りも6km歩くんだっけか

ラパン ETCとシートカバーを付ける

休日のとある日。

どこかに行くには遅すぎるし、飲みに行くには早すぎる。だからといって何もせずに過ごすにはあまりにも長すぎる。



じゃあ、ETCとシートカバーを買ってきてラパンに付けよう



用意するものは適当な中古ETCとヒューズ電源、あとはその辺に転がってた両面テープ。スズキの車に平気でトヨタのETCを付けるのもどうかと思うが、一番安かったから問題ない。



配線を蹴飛ばして切ったり、ショートして燃えないようにまとめて、アンテナを付けて終了。電源はACCとテールランプのヒューズからとった。



最後にシートカバーを被せれば完成。

そしてETCの作動を確認するために無駄に高速に乗って冷却系の修理に出したVTR1000Fの様子を見に…



よしよし、冷却系とカムチェーンテンショナーの部品はまだ出るぞ。



連休はコレでツーリングに行くことが確定したけど。


中央本線を探索する



だいぶ前の話だが、大月市にある猿橋と



横にある明治45年竣工のコンクリート水路橋、



都留市の明治40年竣工のレンガ造りの水路橋を見に行ってきた。



水路橋が目的で行ったつもりが、猿橋の付近にある穴が妙に気になった。

あ、これ単線時代の中央本線のトンネルだ。
現存してるのは知ってたけど20号から見える所にあったのか。

こちら側は民家の庭を通らなければ入口に近づけないので反対側の入口を探してみよう。



割と簡単に見つかった
普通に20号から見える所にあったな。

明治35年の開通から昭和43年の複線化によるルート変更まで使われたこのトンネル。前後にかかっていたであろう橋は既に撤去されているが、トンネルは埋め戻されたりコンクリートで塞がれることなく現存している。

ナニをアレすれば簡単に中に入れそうだが、遊歩道化されているわけでもないし色々とアレなのでやめておこう。

中央本線の旧線跡は複数あり、今回の大月市のトンネルのように放置されているものや、遊歩道として整備されているものなど、遺構の状態は様々だ。なにしろ東京から名古屋まで甲州街道と中山道に沿うような形で396kmの路線距離がある。観光資源として整備されるかどうかは、アクセスの良さと自治体の判断次第といったところか。



中央本線の旧線の中でも存在感を放つのが先日行ってきた長野県にある明治37年完成の立場川橋梁。

全体的に錆びてはいるが架線柱も残っているのでこの場所から見ると今にも列車が走って来そうだ。
国内では数少ないボルチモアトラス構造の立派な橋だが、昭和55年の信濃境~富士見間の複線化に伴い旧線となった。



トンネル内と路盤を水路として利用している関係か線路跡へのアクセス路があるが、やはり橋上はフェンスで塞いである。
橋の前後にはトンネルがあり、東京方のトンネルには簡単には近寄れなさそうだが、塩尻方のトンネルはフェンスも何もなく、むしろこんなウェルカムな状態で大丈夫か?と要らぬ心配をする程だ。



写真は撮ってこなかったが線路跡からの眺望はよく、この旧線が現役だった頃に存在していた春まだ浅い信濃路を行く新宿発「8時ちょうどのあずさ2号」から見えた景色はこんな風だったのかと想像するには充分だった。


アプリオ オフ車がないならスクーターでやればいいじゃない

突然だが、トライアルっぽいことがしたい。

しかし、既に手元にはオフ車がないので、どうしたもんか。



じゃあこれでやろう。

オフロードバイクに求められるのは軽量な車体と深いハンドル切れ角、トルクフルな2サイクルエンジン。多少手荒に扱っても壊れない頑丈さ。つまり、アプリオでも大丈夫(適当)

といっても、腹の着かないフラットな林道や河川敷ならまだしも、スタンディングで乗るような使い方は想定されてないんだよな…そもそもこれはオフ車ではないし…



まあ、タイヤの数は一緒だから大丈夫ずら。

とりあえず、近所の河川敷へ。まずは基本のハンドルフルロックでの微速8の字とスタンディングスティルから。

おお、意外といけるぞ。遠心クラッチだから半クラの当て方は俺が自分で手動クラッチをグニグニやるよりバイクが勝手にやる方が上手いかもしれん…



では、土手でキャンバーターンでもしてみよう。さすがにこれは手動クラッチがないと難しいんじゃないか…

大丈夫だ。問題ない。さすがに空転するので土手を登りきることは出来ないが、もうオフ車で出来たことが全部出来たぞ。

ちなみに、画像の状態から片足を着いて後ろに体重をかけてやるとフローティングターンもどきになる。



その後、段差越えもやってみたところ、思いっきり腹がつっかえた。マフラーを潰しかねないのでランプアングルはやる前に確認した方が良さそうだ。
プロフィール

コーテル・リャン

Author:コーテル・リャン
東に不動車があれば引き取って直してやり
西に峠があれば行ってそこを越え
テントを張れば雷雨に怯え
林道に入ればヨタヨタ走り
誉められもせず 苦にもされず 
そういう人が私です。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
Amazon.co.jpアソシエイト
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR