VTR1000F 3キロ押す



VTR1000Fを格安で譲ってもらえることになったので引き取りに行ってきた。

受け取り場所は家から3キロ程なので運動不足の解消にちょうどいいと徒歩で向かい、付属品その他もろもろをリアシートにくくりつけて帰路へ。
大型二輪の免許はあるし実動車なので乗って帰ってしまえばいいのだが、このバイク、乗って帰るには重大な問題がある。

 
おわかりいただけただろうか?



車検が切れてしまっている。

自賠責も切れているので、この状態で乗って帰るのは法的にアウト。良識ある大人としてダメな行為だ。

では、押して帰ろう。運動にもなるし。久々に重量のあるバイクを持つことになるので取り回しにも慣れておく必要があるしな。

幸いにも受け取り場所から家までは平坦な地形、全面的に舗装されている。出先で動かなくなった原付を5キロぐらい押した経験はあるし、白バイ訓練のバイクを押しての走り込みや8耐でマシントラブルに見舞われた選手がグラベルを押してピットに戻ることを考えれば大したことは…



あ、コレ結構キツイわ。平坦だと思ってた所が実は若干登り勾配だったりするんだな。

この年代のリッターバイクとしては軽量な方とはいえ、それでも200kg程はある。ハンドルもセパハンとしては高い位置なので押しやすいには押しやすいが、重量よりも自然なフォームで歩けないのが意外と辛い。

その前に良識ある大人は事前にトランポなりバイク屋の引き上げを手配しておくものではなかろうか? とはいえ写真を撮った地点で家まで残り1キロ。もう押した方が速い。それに、せっかくここまで押したのにもったいないじゃないか。

押しはじめてから1時間程で家に到着。もう押さなくていいように早いとこ車検を取ってしまおう。

注:この記事は交通量が極端に少ない地域での行為です。エンジンをかけていないバイクを押している場合は歩行者として扱われますが、バイクを押して運搬することを推奨するものではありません。

GSX250R インプレッション

GSX250Rをレンタルして乗り回してきた。

結論からいうと、これ欲しい



外装はGSX-R系のシャープなデザインでパイプフレームを上手く隠すカウルの形状のためか、 安っぽい感じはしない。



ヘッドライトは一眼タイプ。ハイテクっぽいデザインにするための飾りだと思っていた両サイドの部分はちゃんとポジションランプとして機能する。ライトの明るさは、まあ普通だ。



リアビューはいかにも速そう。リアシートの下には小物入れがあるが、カッパや地図は入らなそうだ。一応荷縛り用のロープは入りそうなので、出先で何か買ったとしてもまあなんとかなるだろう。



テールランプは尾灯、制動灯ともにLEDを採用している。 尾灯は四輪で最近増えてきた次世代機っぽい光り方でカッコいい。



メーターはデジタルで、速度計、回転計(レッドゾーン付近でRPMランプが点滅する機能付き。点滅する回転数は変更可能 )、燃料計はもちろんのこと、ツイントリップに燃費計も付いて、さらにはギアポジションからオイル交換時期も教えてくれるという至れり尽くせりな機能が付いている。
それよりもキーをONにしたときのメーターの起動画面が未来っぽくてカッコいい。こういう演出は大事だ。



エンジンはGSR250がベースの水冷4サイクルSOHC並列2気筒。
最高出力は24ps/8000rpm
最大トルクは2.2kg-m/6500rpmとなる。
フレームもGSRがベースで車両重量は178kg。
カタログデータだけならアメリカンバイクのような印象だ。



さて、乗ってみよう。ポジションは思っていたよりも前傾姿勢になる。
押したり引いたりは重量があるのでやはり重たいが、気になるほどではない。

エンジンはアイドリングから低回転域ではドロドロした音質で、適度なパルス感もあり、6速30km/hからシフトダウンせずに加速できるような低速トルクが分厚いエンジンと、安定感のある車体のおかげで市街地や峠を制限速度付近で走っている分には完全にアメリカンやクラシック系のバイクのような感覚。一番使う「ただの移動」という場面が楽しい。

では、テストコースに持ち込んでブン回してみよう。

フル加速は感覚的には自分のグラストラッカーよりもちょっと速い程度。
最高速度もギア比の関係かメーター読みで138km/hで頭打ちとやはりグラストラッカーよりやや速い程度になる。 ただ、GSXは車体に余裕があるので危うい感じはしない。

100km/h巡航時の回転数は7500rpmといったところ。
それよりも6速80km/hから100km/hへの加速が鋭いのが好印象だ。

高回転ではそれまでのドロドロした感覚は消えて、バァァーンといった感じの音と回り方になる。うるさいというほどではなく、むしろその気にさせる部類の音だが、この回転域で長時間乗っていると人によっては疲れるかもしれない。

カウルの防風性はあまり感じないものの、不意に小雨が降ってきた時などは役に立ちそうだ。

ワインディングでの走りは至って素直で、軽快では無いし速いわけでも無いが、クロスしたミッションと設計の新しいバイクらしく色々な所がカッチリしているのでかなり楽しい。足回りはそれほど金掛かってない感じだが、ブレーキの効きやハンドリングは良好だ。

Uターンをやってみると、ハンドルフルロックの状態でもスロットルは操作しやすく、低速トルクも十分あるので足を着かずにハンドルを一杯に切ってUターンや千鳥走行は私の技量でもできる。ただ、小回りが利くバイクではないので止まって切り返した方が簡単だ。

ジムカーナ的な遊びは自分のバイクではないので遠慮がちにやってみたが、ハンドルの低いバイクは難しくておもしろい(だからといって自分のバイクを自由自在に振り回せるかというとそんなことはない)。

燃費は32km/l。上手く走らせればもっと伸びるはずだ。

レーシーな見た目とは裏腹にソフトタッチで経済的。取り立てて速くもなければ軽快でもないが、走り出したらずっと乗っていたくなる感覚は凄いなぁ…これは良いものだ。

グラストラッカー 再びハンドル交換



グラストラッカーのハンドルを再び交換した。

この前取り付けてすぐに元に戻したハンドルは前傾が強くなりすぎてイマイチ気に入らなかったのは事実。

だからといってノーマルのハンドルだと高さ、幅ともちょうど良いが、絞りが強いので私の体格ではワイドアップのハンドルなのにグリップが手前過ぎて窮屈に感じるという変な現象が起きているのもまた事実。
どうせアメリカンのハンドルをそのまま使い回しているんだ。もしそうなら次のメインバイクもスズキにしよう。

ノーマルの高さと幅で絞りがキツくないハンドルはないか…



あった。もちろん中古。何気にアルミ製。

では、早いとこ取り替えてしまおう。



そそくさと左右のスイッチボックスに繋がってるブレーキとクラッチのレバーのセンサーの配線と、左のグリップを引っこ抜いて、左側のスイッチボックスを外して、クラッチレバーのホルダーを緩めて、右側はスロットルコーンがあるので完全にバラさずに、ポッチが位置決めの穴をかわせる程度にネジを付けておいて、マスターシリンダーを外して、クランプを外して、クラッチレバーとスロットルを引っこ抜いて、ポッチを切り落とすとノーマルに戻すときに困るので、新しいハンドルにスイッチボックスの位置決めの穴を5ミリぐらいの適当なドリルで大体の位置に開けてやる。



ハンドルとレバーを好みの位置に合わせてやって完成。



こちらはノーマル。



こちらは交換後。見た目の変化はほとんど無いが、グリップがちょうど良い位置になったので物凄く乗りやすい。

今回はすぐに元に戻すことは無さそうだ。

富士川街道を探索する

甲府市と静岡市清水区を結ぶ国道52号線。

かつて駿州往還や甲駿往還、あるいは身延道とも呼ばれた街道を元にし、山梨県の特に南巨摩地域の住人にとって、アメリカにおけるルート66のような存在である(大袈裟) 。

特に現在富士川街道と呼ばれる富士川町から南部町の区間は、明治と大正に車両の通行に対応するための大規模な改良がなされ、その後も災害対策や、交通量の増大に対応する新道の開通により旧道となった区間が多数存在し、以前行ってあっさりと撤退した 下山隧道をはじめとする物件がいくつか残っている。

まずは身延町内にある下山隧道にリベンジしてみよう。前回は藪が深くてよく分からないまま終わったが、藪の低い冬場ならイケそうだ。



イケた。
大正12年竣工、全長234m。身延山の山門を彷彿とさせる坑門の巨大な扁額が特徴である。コンクリート造りの道路トンネルとしては恐らく山梨県内では最古の物件。

サイズを見る限りトンネル内での対向車とのすれ違いは困難もしくは不可能だっただろう。

それよりも特筆すべきは用途廃止になると跡形もなく埋められる傾向のある山梨の旧道トンネルが金網で塞いだだけで放置されているということだ。

路盤のあった場所は沢が深い谷状になっているのでこれ以上は近づけない。恐らくトンネルが埋められていない理由はこれで、旧道化した際に災害対策としてトンネル前後の路盤を掘って沢を広げたために坑門に近寄れなくなったので埋める必要がなかったのかもしれない。

ただそうすると現存するか不明な南側の坑門に行けるコンクリ橋の説明が難しくなるのだが、トンネルを砂防ダムを作る際の資材置き場にするために廃道後に作ったということにしておこう。
北側の路盤が盛土で道路跡と分からないぐらいの斜面にしてあるのは砂防ダムの完成後に点検用の通路を作るついでに旧道の痕跡を消したということにもしておこう。




続いて同じく身延町内にある榧の木隧道へ。竣工年は調べた限りでは昭和7年だそうだ。

現在の甲府から清水までの所要時間は2時間半かそこらだが、全線こんな調子でロクに舗装もされていない道路状況が続く昭和28年の国道指定当初は今の2倍以上は時間がかかったんじゃなかろうか…

手狭になってすぐ下に新トンネルができた現在も通行できる状態に維持されているのは、トンネルを抜けた先の分岐が民家に続いているので住民の利便のために残しているのだと思う。



そしてコチラが今回探索した中で一番古いトンネルとなる大野隧道。

大正11年の竣工だが、車道としての役目は並行する新トンネルにその座を譲り、現在は歩道トンネルとなっている。
新トンネルの歩道がお世辞にも広いとは言えないことや、身延駅から身延高校や久遠寺へのルート上にあるために歩道トンネルとして活用されることになったのだろう。

改修を受けているために竣工当時の外観のままではないものの、竣工当時は下山隧道のような巨大な扁額があったのかもしれない。

下山、大野のトンネルは明治の道路改良によって作られた南部新道と呼ばれる道路を大正の道路改良でトンネル化したもの、廃道となった富士川沿いの南部新道にあるという名称不明のトンネルも大正時代のものだと考えられる。

大正時代のトンネルができた経緯や、昭和に榧の木隧道が出来てからはそちらを通るようにルート変更がされたのは、道路の拡幅や距離の短縮もそうだが、富士川の氾濫や土砂崩れを回避するためという理由が大きいだろう。

大野隧道の脇には明治の南部新道らしき道があるのだが…



ああ、これはダメずら
木が倒れている所から先は既に斜面に戻っていた。この道路が現役だった頃もたびたびこのような崩落があったのでトンネルを掘ることにしたんだな…ただ、道幅を見る限りでは車両の通行を想定した当時としては高規格な道路だったことは確かだ。

ここを過ぎると南部新道は富士川に沿って南部町に入るようで、身延と南部の境目あたりに廃トンネルがある。手持ちの地図に身延町光子沢から南部町中野の富士川沿いに書かれている徒歩道が恐らくそれだ。このトンネルも塞がれることなく現存しているそうだが、「トンネル前後の道が崩れてしまったので塞ぐ必要が無くなった」という可能性がなきにしもあらず。

現地には進入できそうな場所が一応あるので、現物を見てから考えてみようと思ったが、竹藪から出れなくなりそうなのでやめた。


グラストラッカー ポジション出しとドリフトの練習

前回無駄にハンドルとリアフェンダーを交換して結局元に戻したグラストラッカーのポジション出しをしてみた。



まずはハンドルの位置を調整。
ハンドルのクランプを緩めてちょうど良いぐらいの位置に合わせる。

やりはじめると毎回ドツボにはまるのだが、ドツボにはまったらハンドルバーの立ち上がりとフロントフォークの角度が一直線になる位置か、印の打ってあるものなら印の所か、絵的にしっくりくる位置に合わせれば大丈夫(適当)

経験上ああでもない、こうでもないと散々調整したあとで上記の位置に合わせると意外とベストポジションだったりする。

今回は当然ながら絵的にしっくりくる位置に合わせた。

ハンドルの角度が変わったのでレバーも操作しやすい位置に調整し、ついでにブレーキとシフトペダルも足を乗せていて脛が痛くならない程度の位置に調整。


そして操作性をチェックするために某所のダートコースへ。



操作性は問題なし。
では、せっかくダートトラッカーを買ったのだからこういうことをしてみよう。

とりあえず、ブレーキターンとアクセルターンをやってみる。この辺は一応出来るのでUターンの立ち上がりでアクセルターンの要領でクラッチをスパッとつないでリアをスライドさせてみる。

なんかそれっぽくなったぞ。

では、ブレーキターンの要領でズバーッと入っていってバッと吹かしてからスパッとクラッチをつないでスライドを持続させてみよう。

おお。逆ハンが当たった。なんかそれっぽい。何回かやって成功率も上がってきたのでタイトコーナーでの減速と旋回を瞬時に終了させ、ラップタイムを縮める理想的なドリフトを…ケガする前に帰ろう。


プロフィール

コーテル・リャン

Author:コーテル・リャン
東に不動車があれば引き取って直してやり
西に峠があれば行ってそこを越え
テントを張れば雷雨に怯え
林道に入ればヨタヨタ走り
誉められもせず 苦にもされず 
そういう人が私です。

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