宇津ノ谷峠の古道を歩く その2

蔦の細道の踏破を終えて、旧東海道へと向かう。



川に沿って続く道には水車小屋らしき建物や石積みの堰堤がある。



つたの細道公園付近から旧東海道にアプローチすることができる。このルートは豊臣秀吉が進軍のために開いた道といわれ、明治時代にトンネルが開通するまで東海道の主要ルートとして機能していた。



こちらの峠道はいわばバイパスのようなものだけあって勾配も緩く、道幅も広くて歩きやすい。この時点で小雨がぱらついてきたので早いとこ峠を越えてしまおう。



途中の分岐に排気口という地名が出てくるが、これはそのまんま国道1号のトンネルにある排気口のメンテナンス用道路。旧東海道は石垣の上にある。



しばらく歩くと峠に到着。蔦の細道よりも峠に着くまでの時間はかなり早い。



峠であることを示すのはこのプレートだけで眺望が開けるわけではないが、峠道というのは山肌を巻いていくので無ければ大体こういうものである。



峠を下って行くと地蔵堂跡の石垣が現れる。峠の地蔵というのは安全祈願だけでなく、道標のような役割もあったのだそうだ。



開けた場所からは宇津ノ谷地区の建物が見える。遠くで雷の音が聞こえはじめたので早いとこ下ってしまおう。



竹林をすぎると明治トンネル方面と宇津ノ谷地区方面への分岐がある。トンネルに行きたい衝動を押さえつつ宇津ノ谷地区に向かう。



宇津ノ谷地区は旧東海道の丸子宿と岡部宿の間にある間の宿であり、街並みには街道の面影が残り、保存されている。

これにて宇津ノ谷峠の全ルートは制覇。幸いにも雨はすぐに止んだのでどうにかずぶ濡れで山歩きをする羽目にはならずに済んだ。


宇津ノ谷峠の古道を歩く

以前トンネル群を探索した宇津ノ谷峠。今回はやり残した旧東海道の古道を探索してきた。



まずは道の駅宇津ノ谷峠から蔦の細道と呼ばれる古道にアプローチする。



この峠道は平安時代から室町時代にかけて利用された古道で、宇津ノ谷峠越えの道としては最も古いものになる。



距離としてはそれほど長いコースではないものの、急勾配で峠に向かう道は運動不足の体にはなかなか堪える。この写真を撮った地点は入口から300m程だが、涼しいながらもじんわりと汗をかく。

旧東海道の 薩埵峠もそうだが、何日もかけて東海道を歩いてこの急勾配の峠まで越えていた昔の人の足腰の強さには感心するばかり。



体が歩くモードに切り替わったあたりで峠に到着。晴れていれば富士山まで見渡せるそうだが、この日はこのような天気。まあいつもそんなもんだ。



江戸期まで使われた旧東海道に向かうために峠を岡部側に下っていく。



勾配は相変わらずきついものの比較的歩きやすい。このように趣のある石畳などに旧街道らしさが出ている。



下りきる直前にはこのようなガレ場があるものの、道の駅から登って岡部側に下る方が体力的には楽そうだ。



これにて蔦の細道の踏破は完了。江戸期の旧東海道に向かう。

静岡峠めぐり 薩埵峠編

桜峠を下って由比に向かい、かつての東海道の難所、薩埵峠にアプローチする。



急勾配の峠を登りきると駿河湾が視界に入ってくる。



駐車場にバイクを停めて遊歩道を歩いていくと展望台から歌川広重の絵にも描かれた風景を見ることができる。日本平と並ぶ富士山の絶景ポイント。



せっかくなので更に興津側に歩いてみる。畑のミカンは駐車場の無人販売所で売っていて、食べてみたけどなかなか美味い。



興津側に向かっても展望スポットがあり、下に見える道路の面積が少ないのでまた違った印象になる。



更に進むと石垣が現れ、ここが旧東海道であることを感じさせる。ここからもうしばらく下ると峠は終わり、市街地が見えてくる。

これで旧東海道の古道は1つ制覇。次は未だに探索できていない宇津ノ谷峠の古道を探索したい。

静岡峠めぐり 桜峠編

静岡県にある国道469号線。一部区間はいわゆる酷道といえる狭小区間になっていて、とくに桜峠と呼ばれる区間が特に狭い。



というわけで行ってみた。
富士川沿いの県道を走って国道469号へ。温泉の手前に狭い橋が大型車の進入を拒むように架かっている。



道路は国道の標識がなければどう見ても舗装林道といった雰囲気。この地点には写真を撮る直前までカモシカがいた。森の生き物はなかなか写真を撮らせてくれないのでカモシカの名前のついたバイクを載せておく。



峠の頂上にある展望台に続く階段があるものの、鹿にビビっているので今回はやめておく。以前展望台まで行ったときは富士宮市街と富士山が一望できた。



階段付近には桜峠の由来が書かれた看板がある。旧街道を車道にしたけど拡幅できずに酷道になったパターンか…



峠を下ると未舗装の枝道が現れたので入ってみた。この先は倒木があり、ゲロアタック(無理)になりそうなので引き返し、次の目的地、薩埵峠に向かう。

清水港線を辿る

静岡県の清水駅から三保駅の間を走っていた清水港線の跡を自転車で走ってみた。

路線距離は8.3km。昭和30年代には国鉄1の黒字路線となりながらも、自動車輸送の発展と共に昭和59年に役目を終えた。

廃線跡は大部分が自転車、歩行者用道路となっている。



清水駅で車から自転車を下ろしてスタート。この日は風もなく自転車でウロウロするには最適な天気。



廃線跡はこのように自転車用と歩行者用の通行帯に分かれていて、道幅の広さもあって走りやすい。当時は単線の線路で貨物列車に客車を接続した混合列車が運行されていた。



しばらく走るとエスパルスドリームプラザに出る。ここがかつての清水港駅。ここに保存されているテルファークレーンは木材の積み込みに使用されていた。観覧車の左手に見える建物の辺りには清水埠頭駅が存在した。



清水埠頭駅跡を過ぎると廃線跡は巴川を渡る。かつて架かっていた橋は船の往来を妨げないよう可動橋となっていた。
巴川口駅の跡は浄化センターになっていて、敷地外からホームとレールが保存されているのが見える。



巴川口を過ぎて、工場の密集するエリアを抜けると国道と並走する。国道の道幅を見ると、この路線が廃止されたのも納得してしまう。



公園になっている折戸駅を過ぎると、廃線跡は住宅街を抜ける。折戸駅付近の高校への通学列車として重宝されていた清水港線の終点も近い。



終点の三保駅跡に着いた。ここも公園になっていて、敷地内には引き込み線で使われていた小型機関車とアルミナを運ぶ貨車が保存されている。



ホームも残されており、野良猫のたまり場のようになっていた。



せっかく三保まで来たので三保の松原にも寄ってみた。バイクでは何度も来ている場所だが、同じ場所でも自転車でゆっくり走ってみると、今まで気付かなかったものが見えてきて楽しい。運動にもなるし。

プロフィール

コーテル・リャン

Author:コーテル・リャン
東に不動車があれば引き取って直してやり
西に峠があれば行ってそこを越え
テントを張れば雷雨に怯え
林道に入ればヨタヨタ走り
誉められもせず 苦にもされず 
そういう人が私です。

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