藤村式建築

山梨県内には藤村式建築と呼ばれる建物がある。

明治の初期の文明開化の折り、当時の県令(知事)である藤村紫朗の指示により県内各地に擬洋風建築の庁舎や学校が作られた。

藤村式の建物は複数現存していて、甲府市、山梨市、富士川町、北杜市、都留市に点在し、現在の山梨市内にあった東山梨郡役所は愛知県の明治村に移築保存されている。



甲府駅北口に移築されている藤村記念館は元々は睦沢学校校舎として現在の甲斐市内に建設された。

洋風の外観ながら日本古来の工法を使った和洋折衷といえる木造建築である。



藤村記念館の他にも山梨市牧丘の道の駅花かげの郷まきおか内の牧丘郷土資料館は旧室伏学校の校舎を移築したもの。
建物の外観はインキ壺のようなシンメトリーなシルエットで白壁と薄い緑や青に塗られたベランダや窓枠などが特徴。

藤村記念館も武田神社の敷地内にあった頃はこの色に塗られていて、移築時に新築当時の資料を参考に現在の色に塗り替えたそうだ。



また、約140年ほど前の建物のため、用途も何度か変わっていたりする。
例えば富士川町の増穂小学校内にある太鼓堂と呼ばれる建物は舂米(つきよね)学校校舎を現在の場所に移築し、増穂小学校本館として使われ、校舎の新築に伴い当時の増穂村役場庁舎となり、現在は民俗資料館になっている。

現在県内に残っている藤村式建築は全て学校の校舎として建設されたもので、太鼓堂と呼ばれるように最上階の塔のような部分には時間を知らせるための太鼓が設置されていた。



移築を受けずに建設当時の場所にある校舎は郷土資料館となっている都留市の尾県学校と北杜市の津金学校。
この尾県学校の建物も同校の廃止後は公民館となった後、修復保存されている。



こちらは北杜市の津金学校。この建物は敷地内に保存されている明治時代の校舎、復元された大正、昭和に建設された校舎という3世代にわたる校舎が並び、農業体験や宿泊ができる施設として運営されている。

尾県学校と津金学校は神社に隣接していて、かつては神社が町のランドマークとなっていたことや近代以前は教育施設としても神社や寺院が機能していたことを窺わせている。

和洋折衷で作られた明治初期の学校の校舎が数回の移築に耐え、修復されて複数残っているあたり、いざとなったらバラして移動させることまで考えて作ったのではないか?という当時の技術と実際にバラして移動させた現代の技術は素直に凄いと思う。文明開化当時の雰囲気を現代に伝えるこの建物たちはこれからも末永く残っていて欲しい。

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そういう人が私です。

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