勝沼ぶどう郷駅周辺を歩く

山梨馬車鉄道の探索をした時に、勝沼駅をゴール地点にしたが、勝沼駅の周辺には新線付け替えで使用されなくなったホームと線路が保存されている。



大正2年から昭和43年まで使われたホームは傾斜をかわすためにスイッチバック方式を採用していた、複線化に伴い、ホームは現在の位置に移され、当時の形で保存されている塩山側のホーム跡地は遊歩道となっている。周辺には桜が植えられているため、歩くなら春がオススメ。



大月側に歩くと、ブルートレインや貨物列車の先頭車両でよく見るタイプの電気機関車が保存されている。上に見える線路との位置関係で、ここがスイッチバック時代の線路跡ということが分かる。



さらに大月側に歩くとレンガ造りの河川隧道がある。スイッチバック時代の線路は写真右の橋台の少し先まで伸びていた。この地点から隧道と橋台を見るのは遊歩道の下にある足場が悪いところを通らなければならなかった。



遊歩道の階段を上ってさらに大月側に向かうと大日影トンネル遊歩道がある。ただ、明治35年に完成しただけに老朽化のために当面のあいだ閉鎖するとのこと。解放されていた頃はこの先の深沢トンネルまで歩くことができ、蒸気機関車の出した煤が壁面に残っているのも確認できただけに残念。



仕方ないのでバイクで隣の深沢トンネルに向かう。このトンネルは内部がワインの貯蔵庫として使われている。勝沼は言わずと知れたブドウとワインの産地で、温度変化の少ないトンネル内で大量に甲州ワインが熟成されている。



下を流れる川にはやはり河川隧道がある。この他にも勝沼駅のガード下にも歩道トンネルがあり、これらのレンガ造りのトンネル群は中央本線の開通と共に作られたため、全てが100年以上の歴史を持つ。

また、この近くに柏尾古戦場という場所があり、燃えよ剣でいうと甲州勝沼の戦いの部分で書かれる近藤勇率いる新撰組(このときは甲陽鎮撫隊)と板垣退助率いる新政府軍が戦った。

似ていない近藤勇の像とちょっとした資料、大正時代の甲州街道にかけられていた橋の橋台が残っている。



柏尾古戦場の近くにある勝沼堰堤は大正6年に完成した砂防ダムで、自然の岩盤を加工したものと人工物を合わせて作られている。水通しの部分は祇園の滝と呼ばれ、上流には石積みとコンクリートで作られた堰堤の本体が広がっている。

大日影トンネルを歩けなかったので不完全燃焼だと思っていたらダイドーの自販機で当たりが出た。それじゃまあいいか。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

コーテル・リャン

Author:コーテル・リャン
東に不動車があれば引き取って直してやり
西に峠があれば行ってそこを越え
テントを張れば雷雨に怯え
林道に入ればヨタヨタ走り
誉められもせず 苦にもされず 
そういう人が私です。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
Amazon.co.jpアソシエイト
スポンサードリンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR