旧割石トンネルの謎



山梨県の市川三郷町の黒沢と落居の間にある割石峠。

現在は平成12年に開通した新割石トンネルによって簡単に越えることができるが、もちろん新道があれば旧道が存在する。



昭和34年に開通した長さ100mの旧道トンネルは付近の集落へのアクセスルートであると同時にトンネル内に地蔵が設置してある為か心霊スポットとして知られている。

友達が先輩の兄貴から聞いた話では「トンネル内を謎の老婆が歩いている」「天井から白い服を着た女が落ちてくる」「工事中の事故で生き埋めになった作業員が立っていた」「事故の犠牲者を弔うために設置された地蔵の目が夜になると赤く光る」などのありがちな怪奇現象を友達の先輩の兄貴の彼女の従兄弟が体験したらしい。

実際のところ、怪奇現象など起きないものの、深夜に肝試しに行くといかにもな雰囲気が出ているので夜はなるべく行きたくない。
今回のテーマは何故トンネル内に地蔵を置いたのかということなので、むしろ怪奇現象とか起きると困る。すごく怖い。




トンネル内は素堀のコンクリ吹き付けといった具合の内壁で、落居側の坑口からトンネル内に入るとすぐに地蔵が設置されている窪みが現れる。

ここにあるのは地蔵というよりも仏像のような形で、お菓子や花が供えてある。お供え物の内容から察するに、周辺の住民が定期的にお参りをしているようだ。写真を撮ろうかと一瞬考えるも、信心深くは無いにしても一応仏教徒なので手を合わせるだけにしておく。



黒沢側の坑口付近に割石の石龕(せきがん)と書かれた看板があった。この辺りからトンネル開通以前の道が伸びているようだけど、藪に閉ざされてしまったのか入口は発見できなかった。落居側の坑口付近のお経の書かれた石碑の辺りが入口のように見えるもこちらも藪に閉ざされていて定かではない。どちらにしろ今回は旧峠に行けなかった。

このトンネルの近くにある身延線の線路沿いには入の石龕という場所があり、トンネル内にあったものと同様の像が祀られていた。

2つとも道祖神のようなものだとすると、トンネルの開通が昭和34年で、黒沢を過ぎると甲州弁の語尾「~ずら」が「~ずれ」になるぐらいには(甲州弁は「ずら、ずれ、だら、いえ」等の語尾で出身地域をある程度特定できます)往来に苦労し、常にお供え物がある位に信心深い住民が居る地域であること。旧峠への道が藪に閉ざされていることも考えると、トンネル開通以前の徒歩道の峠道を事実上の廃道にするのに伴い、旧峠にあった道祖神をなるべく元の位置の直下に移設しようとした為、あの地蔵は現在のトンネル内に祀られることになったと考えられる。

戦後にできたトンネルなら工事中に事故が起きたら慰霊碑はありそうなものだし、記録にも残っているだろう。何よりも像がここ60年かそこらで彫られたものに見えない。(あくまで勝手な推理)



はっきりと言えるのは、峠を802mのトンネルで抜ける新道を通った方が夜でも怖く無いし早いということと、与太話をするならオバケネタの方が面白いということ、友達の先輩の兄貴の彼女の従兄弟の後輩の妹って誰だよ?ということぐらいか。

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コーテル・リャン

Author:コーテル・リャン
東に不動車があれば引き取って直してやり
西に峠があれば行ってそこを越え
テントを張れば雷雨に怯え
林道に入ればヨタヨタ走り
誉められもせず 苦にもされず 
そういう人が私です。

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