奥多摩を探索する その2



ロープウェイが渡っていた奥多摩湖は東京都の水源確保のために作られた昭和32年に完成した小河内ダムの人造湖。



国道411号と平行するように、ダム建設の資材を運んでいた蒸気機関車の線路が残されている。この地点は旧青梅街道をトレースする奥多摩むかし道と交差していてその先には線路と平行するように遊歩道が延びている。



路線名は東京都水道局小河内線。工事用の鉄道ながら国鉄の路線から直通の貨物列車を乗り入れることや、ダム完成後も電化して観光用路線として利用することも考えていたのか、国鉄の線路と同様の規格で作られた。



日原鍾乳洞へと向かう道からはコンクリート製のアーチ橋が見える。氷川駅から水根駅までの標高差は橋とトンネルを組み合わせることでクリアしている。蒸気機関車がここを走る姿は絵になりそうだが、乗務員にとっては過酷だったに違いない。
なにしろ僅か6.7kmの間に23の橋と26のトンネルがあって、勾配は最大で30パーミルもある。



小河内線はダム建設に多大な貢献を果たした。ダムの完成後は列車が走ることはなく、現在は休止線の扱いになっている。

地元の人によると、20年ほど前に線路を活用しようという計画があったものの、整備費の問題で実現しなかったとのこと。テレビの企画でこの線路にトロッコを走らせたことがあるようなのでそのことを言っているのかもしれない。



奥多摩駅を過ぎて、411号を青梅方面に進むと白丸トンネルの脇に数馬隧道という素掘りのトンネルがある。
大正5年に作られたトンネルで、このトンネルが完成したことで、この地は車両での往来が可能になった。



トンネルの上に青梅街道の古道がある。この数馬の切通しは氷川に至る険しい山越えを回避する目的で江戸時代(1700年頃)に作られた。
火を焚いて熱した岩盤に水をかけてヒビを入れ、ツルハシで砕く方法で切り開かれている。
この切通しによって荷を積んだ馬が通せるようになり、多摩川上流の集落との物質的な交流ができるようになったという。



奥多摩にこれだけの物件が揃っているのは、ダム完成後に東京都が水源保護のためにこのエリアの開発を制限する姿勢をとったことが大きいと思う。そして、物件はまだある。
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東に不動車があれば引き取って直してやり
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誉められもせず 苦にもされず 
そういう人が私です。

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