早川町を走る その2

再び早川町に行ってきた。

発電施設を作る際に敷設されたトロッコ軌道の跡を探ろうと思っていたが、そもそも県道と井川雨畑林道自体がかつての軌道跡をベースに作られているので、ならば県道の対岸に何か無いかと探してみる。



この鷲尾橋を渡って対岸へ。この橋は路面が側溝の蓋によくあるグレーチングになっている。



下を覗いてみた。増水したときに有利とか、強度とコストの兼ね合いとかでこういう風にしたんだろうけどかなりスリリング。



対岸の町道を行ける所まで行ってみる。舗装されてはいるものの、路面は終始こんな状況。



町道はこの都橋で歩行者および軽車両専用になる。判読できないほど錆びた重量制限の標識を見る限りは、以前は自動車も通行できたようだ。

後で分かった事だが、写真の道は早川入往還と呼ばれた街道の一部のようだ。ただの地元道ではなかったか。



井川雨畑林道にも何かありそうなので、何かがおかしい落石注意標識のある林道を通行止め地点まで行ってみることにする。



林道の奥にはこの稲又橋がある。付近に森林軌道や分校の跡があるそうだが、それよりも橋の下に何かあるぞ。



一部で有名な落ちそうで落ちない橋が。昭和57年の台風以来この状態だそうで、奥の砂防ダムの外観が新しいことを考えると、この地で何が起きたのか容易に想像できる…



橋を渡ってしばらく走るとトンネルの先で通行止になる。これは道の先が危険な状態にあると同時に、この先に民家が無いことを意味している。この区間の開通時期は平成30年の予定だそうで、さらに先の区間は「当面の間」通行止という状態だ。忘れた頃に全面開通して、しばらくすると「当面の間」通行止めになるんだ。

そういえば軌道跡を見に来たんだった



県道から1本隣にある春木川橋の古い欄干が残っているあたりの路面をよく見ると…



レールが路面に埋まっている。冒頭にも書いたとおり、かつてこの地には発電施設を建設するための輸送路として馬車軌道が敷かれ、レールの撤去後は軌道跡をベースにした車道が作られ、現在の県道37号となったのだそうだ。



春木川橋付近の角瀬トンネル脇には使われていない昭和5年完成の旧道のトンネルがあり、内部は素掘りとなっている。



その横にはトンネル開通以前の旧旧道と山に伸びる旧旧旧道らしき徒歩道が残っている。新道が出来ると徹底的に旧道を封鎖する傾向のある山梨において、こういう場所は貴重だ。

ではトンネルの身延側はどうなっているのかと、トンネル脇から伸びる軌道跡を車道にしたように見えなくもない旧道を歩いていく。身延側は大正11年完成で、後年になって春木川橋側のトンネルと接続された痕跡やら、抗門の先に元々の抗門があったり、古い標識が残っているそうだが…



……俺の立っている場所がこうなる前に帰ろう。付近には旅館や駐車スペースもあるので大日影トンネルみたいに遊歩道としてどうにか再利用できないものか?出来るならとっくにやってるか…



 
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コーテル・リャン

Author:コーテル・リャン
東に不動車があれば引き取って直してやり
西に峠があれば行ってそこを越え
テントを張れば雷雨に怯え
林道に入ればヨタヨタ走り
誉められもせず 苦にもされず 
そういう人が私です。

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