キャリイ DA16T インプレ



最近職場に投入された軽トラック。

とうとう私にもハンドルを握る機会がやってきたのでインプレッションを書いてみたい。

型式はDA16T、グレードは金太郎ダンプというもので、ベース車はKCエアコンパワステ農繁仕様に相当する。

シートに座って最初に気が付くことは、キャビン、そして足元の広さである。

以前借りて乗り回した旧規格のキャリイとはもちろん比べるべくもなく、比較的室内が広い印象のある旧ミニキャブよりもゆったりと座ることができる。私の体格ではシートを一番後ろにスライドさせても狭い車種もあるのだが、このキャリイは2ノッチ程余裕がある。

これにより、ドライビングポジションは窮屈になることはなく、フルキャブ車のためタイヤハウスに邪魔されることもない。これによりペダル操作は自然な足の位置で行えるので運転しやすい。

エンジンを始動すると、その静かさに驚くことになる。
MRレイアウトのアクティ(後ろにエンジンがあるのでとても静か)には及ばないものの、座席下にエンジンがある軽トラックもここまで静かにできるのかというレベルで静かになっている。

4速60km/hエアコン全開でも標準装備のスピーカー内蔵型ラジオの音は大音量にしなくてもしっかりと聞き取れる。室内に入り込むノイズに関しては、自分のKeiの方が大きいぐらいだ。

クラッチは非常に軽く、左足が疲れることもない。トランスミッションは5速MTで、頻繁なシフト操作を要求されることもなく、30km/h弱から巡航速度までカバーする4速に放り込んでしまえば多少の勾配ならシフトダウンせずに走ることができる。

ハンドリングは古い軽トラックによくあるハンドル操作に対してワンテンポ遅れて旋回が始まるような挙動もなく、乗用車的な感覚。多少ペースを上げてみても不安な感じは全く無い。

悪路性能はデフロック付きのパートタイム4WDのため不整地でも問題ない。オフロード用のタイヤが装着されているためか、2WDの状態でも路面が乾いていれば少々のことでは空転はしないものの「空転したら四駆に入れれば出てこれる」という安心感がある。おそらく道路の体をなしている所なら、どこでも入って行けるはずだ。

あとはエアコンの効きが物凄く良く、ホイールベースの短いフルキャブ車のため狭い場所での切り返しも少なくて済む。

ベースモデルのKCエアコンパワステ農繁仕様なら高低速2段切り替え4WDにデフロックとAM/FMラジオも付いて乗り出し100万円とちょっと。 税金はたったの5000円。ラジオとエアコンパワステがあればあとは何も要らない。もう次の車は軽トラにしよう。


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静かなカスタムマフラーを作る



セローの前に乗っていたCB400SF。
「アクセルひとつで全域愉快」の売り文句は伊達ではなく、ハイパーVTECのおかげでどの回転域でもパワフルで、ゆったり走っても、ちょっと気合いを入れて走っても楽しめるという文句の付けようがない素晴らしいバイクだった。

しかし、純正のサイレンサーの形がどうにも気に入らないのでマフラーを交換した。

ただ、うるさいマフラーは嫌いなので、音量は純正並みに静かで、低速トルクも4-2-1で集合している純正並みのものが欲しい。というか音も特性も純正で充分だけどサイレンサーの形だけメガホンっぽいモノにしたい。そんなものは売ってないので自作することにする。



とりあえず900ニンジャの純正サイレンサーと失敗しても困らないようにCB400SFの純正エキパイを買ってきた。900ccの2本出しマフラーを片側だけ使えばちょうど400ccのサイレンサー容量としてはちょうど良くなるだろうという適当な解釈。安かったしな。



で、ニンジャのサイレンサーとCBのエキパイを適当に寸法が合うようにサンダーで切って、溶接してもらう。



溶接したものを耐熱ブラックに塗って



車体に戻せば完成。

性能面は純正と変わらず、音量は純正よりやや静かになって低速トルクが若干太くなった。
この状態でユーザー車検に持っていって「音量も排ガスもクリアできるはずだけどさすがに自作はダメだろう」と思っていたら、検査官に音量を測定されて「あ、大丈夫ですね」と言われて何故か通った。(※現在の車検基準で通るかは知りません)



伊奈街道について調べてみた。

以前早川町にツーリングに行ったときに、早川入往還から繋がり赤石山脈を越えて長野県大鹿村へ至る伊奈街道の存在を知った。

現在、赤石山脈を越えて長野県に至る車道は北沢峠を越える南アルプス林道のみであり、環境保全の観点から開通当初からマイカー規制が実施され、実質的に登山バスの専用道路のようになっているわけだが、明治期にも赤石山脈を越える街道は計画されていた。

南アルプス林道も計画当初は南アルプスで伐採される木材の運搬や、長野県へのアクセスルートとなる大規模林道として有効な道路であると考えられていたものの、全通には多大な期間を要し、その頃には道路としての有効性よりも環境へのインパクトの方が問題になっていた。

このように南アルプスを越える道路を作るのは標高の低い所を選んで、重機や土木技術が発展した時代でも相当な期間が必要になる。そしてブルドーザーやパワーショベルもなかった明治期に計画されたこの伊奈街道、恐ろしいことに一応全面開通し、一部は現存するらしい。



早川町の新倉断層付近にある橋の跡。昭和28年の台風により、完成間もなく流失してしまった橋だが、この橋がかかっていた辺りからは恐らく伊奈街道は伸びていた。



新倉断層にアクセスする現橋の先にはリニアの工事のためか一般車通行禁止となっている林道がある。のっけからバイクでのトレースは不可能だが、地図上ではこの先に赤石山脈の伝付峠に至る登山道が伸びている。

この登山道はかつて伊奈街道として開設された道の一部と思われる。
伊奈街道は山梨県身延町切石からの早川入往還から分岐し、早川町新倉から山に入り、伝付峠(標高2,020m)から大井川西俣を遡り、三伏峠(標高2,580m)で赤石山脈を越えて長野県大鹿村大河原を経て飯田市へと至る。

駿河の海産物を信州伊那へと輸送する目的で明治5~6年頃に計画され、長野県と山梨県が費用を折半することで明治7年に工事が開始。山梨県側だけで述べ15万人が動員され、12年の工事を経て明治19年に開通。幅員は最大で2間(約3.6m、山間部は0.6m程)全長80kmという広域道路であった。

とにかく、赤石山脈越えの区間は2,000m以下の場所が無い。

さすがに山越えの区間は登山道程度のものと思われるものの、地図上の線形を見ると将来的には馬車や自動車の通行も出来るようにするつもりだったのではなかろうか。

あまりにも険しい道のため、開通時に県に検分を依頼したところ、「詮議に及ばず」との文書で済まされた。身延山参拝のルートとしても使われたようだが、維持管理も難しく、開通から数年で通れなくなり、明治30年には荒廃した幻の街道とのこと。
 
全区間をトレースするには相当な登山経験と技術が必要になりそうなので、私の力量では想像もつかないが、もしも何かの間違いでこの街道が車道になって現存していたら、早川町内を通る山梨県道37号から国道152号に繋がる「走りたい。けど行きたくねぇ…」という凶悪なルートになったことは容易に想像できる。

暇潰しにスズキについて調べてみた

セルペットの修理やカタログデータなどの情報を集めていると自然とスズキ車の情報も集まってくる。



織機メーカーとして創業したスズキは自転車用の補助エンジンである1952年のパワーフリー号からバイク製造に進出する。



その後本格的なモーターサイクルとしてコレダ号を発売。当初は丸型だったヘッドライトは他社との差別化を図るためか改良型では特徴的な馬蹄型が採用される。

コレダ号というネーミングは「オートバイはコレだ!」というのが由来だそうで、軽自動車のアルトが「こんな車、あるといいな」ワゴンRは「アルトもあるけどワゴンもあーる」というのが由来(公式サイトでは否定している) なので、この頃からスズキはスズキだった。



ちなみに、セルペットは最初に登場したMA型がセルフスターターを採用したことをウリにしていたので、「セルフスターターを搭載したモペット型バイク」という意味合いだと推測されるものの、私のk10型のようにキック始動のみでモペット型ではないスタイルのモデルが多数存在する。むしろMA型以降は当時のトヨタの小型車ブランドであるトヨペットをパクったあやかって小排気量モデルにセルペットと付けている気がする。両社とも元々は織機メーカーだしな。



時は流れ、コレダ号は2輪のキャデラックと呼ばれた補助灯付の巨大なヘッドライトに足回りはアールズフォーク、当時としては強力な16psを発生する2サイクル2気筒250ccエンジンを搭載したゴージャスな装備のTT型や、



スズキがマン島TTに初挑戦した際に製作したGPレーサーのR60用を基にしたロータリーディスクバルブ方式のエンジンを搭載し、後に駐在所のお巡りさんが乗ってる単車でお馴染みのK125として長いこと生産されるS10を発売し、



独立したスポーツモデルはTシリーズ、GTシリーズ、RGシリーズへと発展し、



最終的にはRGVガンマとして1999年まで2ストロークのスポーツモデルは製造されていた。



1976年に4ストロークエンジンのGSシリーズが発売され、GSXへと発展していき、



ハヤブサやGSX-Rなどに進化していく。個人的な感想だが、ベコもハヤブサも「高速で長時間走るための機能を最優先したら他社よりも微妙に地味なこういう形になりました」というデザインで、30年以上方向性がブレてない。



ところで、このコレダTTは何かに似ている気がする。この色使い、なんとなく漂う特撮っぽさ、展示車を見た人は「すげえ単車が出たな」と感心しつつも横に置いてあるオーソドックスな形のバイクを買って帰りそうな立ち位置のバイクといえば



これだ。キリンさんは泣かないしスズキはブレない。



そういえばGoogleで「スズキ ダサい」と検索するとGS1200SSが一番上に表示されるのだが、これとグースはなぜ売れなかったのか分からないレベルでカッコよかったじゃないか。

廃れた隧道 撤退編

山梨県身延町を通る国道52号線。
幾度となく改修を受けているこの道路に大正時代に作られた旧道トンネルがひっそりと残っているという。



手持ちのツーリングマップルにはあたかも通行可能なように描かれているこの旧道。実際には完全に廃道となっている。

名を下山隧道といい、大正12年から昭和43年まで使われた。
トンネル名の扁額が巨大なのが特徴だそうで、藪こぎをして谷にある橋を渡ると入口まで行けるようだ。

というわけで現地に到着。そこで驚愕の光景を目にする。



写真を撮っていないので下手な絵で説明する。
山さ行がねがなどの廃道探索サイトで調べた限りでは少なくとも2015年までは盛り土の斜面を下りて橋を渡ると入口まで行けたようだが、橋が見当たらず、入口から続く路盤と共に崩落して無くなっているみたい…むしろよく21世紀まで路盤が残っていたな。

対岸には金網で塞がれた穴らしきものが確認できるものの、藪が深く扁額も確認できず。



またも下手な絵で説明すると山の断面はこのようになっているみたいだ。台風で流れたか、谷を広げるために崩したか。
自分が立っていた盛土の斜面も崩れはしないだろうがあまり長居はしたくない状況。

場所を間違えている可能性が無きにしもあらずだが、どちらにしろ近付くのは自分の技量では無理な感じなので撤退。

万物は土と水から生まれ、いずれ土と水に還るのである。諸行無常なり…
プロフィール

コーテル・リャン

Author:コーテル・リャン
東に不動車があれば引き取って直してやり
西に峠があれば行ってそこを越え
テントを張れば雷雨に怯え
林道に入ればヨタヨタ走り
誉められもせず 苦にもされず 
そういう人が私です。

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