諏訪市 片倉館



長野県諏訪市、広大な面積の諏訪湖は、厳冬の年には画像のような御神渡りと呼ばれる神秘的な自然現象が観測され、澄んだ空気と豊富な水は時計やカメラなどの精密機械の生産に適し、東洋のスイスとも称される。

諏訪大社や御柱祭といった歴史ある文化と先端技術、そして温泉の街である。何しろ中央道の諏訪湖SAと中央線の上諏訪駅には温泉や足湯があるくらいだ。



今回行ってきた片倉館は昭和3年竣工の文化財にも指定された洋風建築が特徴の温泉施設。

映画「テルマエ・ロマエ」のロケ地としても使われ、最近では「ゆるキャン△」にも登場する。


※画像は看板の写真をスマホで撮影したものです。

浴室は千人風呂と呼ばれる広い浴槽とジャグジーが設置されている。看板の「百人が一度に入浴できる千人風呂」という説明に突っ込んではいけない。カワサキのマッハ3は音速を超えて走れるだろうか?



※ゆるキャン△の画像を引用しています

泉質は弱アルカリ性の単純温泉。リューマチ、神経痛、糖尿病、胃腸病等に効く。

体感的な効能は、「今週は重い仕事ばかりで筋肉痛とかが痛い。近所の温泉に行けば良かった。しかしあんまり近距離だとエンジンに煤がたまるんだ…」とぼやきながらここまでバイクでやってきた私が、入浴後に「ヒャッハー!筋肉痛も消えたし、やっぱり温泉ツーリングは最高だぜ~!」となって帰路につく程度にはサッパリする。豊かな人生に必要なのは夢と希望と好奇心、そして温泉だ。

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愛岐トンネル群 春の一般公開

愛知県の定光寺駅付近にある愛岐トンネル群は、中央本線の開通から昭和41年の複線化まで使われた線路跡である。

通常は閉鎖されているが毎年春と秋には一般公開が行われ、近代化遺産にも選ばれた旧線跡を歩くことができる。



ということでGWに行ってきた。崖にしがみつくように設置された定光寺駅は名古屋から電車で30分ほどの距離とは思えないほどの秘境感がある。昭和30年代には名古屋の奥座敷として賑わっていたそうだ。



では線路跡に行ってみよう。線路跡は地元の有志の方々によって遊歩道として整備されている。あえて残されている樹木の大きさが、ここを最後の列車が通過してからの時間を伝えているようだ。



比較的早い時期に旧線となったのでトンネル内は竣工当時の姿を残している。天井には機関車から吐き出された煤が残り、レンガ色を残す壁面に薄緑色の苔が生えている様が美しい。



このコンクリートの土台にはかつて信号機が設置されていたようで、現在は代わりに木が生えている。
公開されている線路跡の距離は1.7km。道中の休憩所では弁当なども売っているので当時の車窓からも見えた玉野川渓谷を眺めながら食事も可能だ。



線路跡と共に玉野古道と呼ばれる街道も遊歩道として整備されている。帰路でこのルートを選択すると橋台やレンガの水路を観察できる。



次回の一般公開はこの風景が紅葉に染まる時期。是非ともまた歩いてみたい。


身延線 南甲府駅

この記事を書いた2018年は身延線の全線開通から90周年。5月6日まで南甲府駅でかつての写真やヘッドマーク等が公開されていたので行ってきた。



外壁は塗り直されているが昭和3年の開業当時の姿をとどめる南甲府駅の駅舎は身延線の駅らしからぬ重厚な建物である。

身延線は私鉄の富士身延鉄道として開業し、その後に国鉄に買い上げられたという歴史をもつ。山梨県内を走るその他のJR線と比較して身延線の駅間の距離が短い傾向にあるのは私鉄として作られた名残だろう。

私鉄時代に甲府南口駅と呼ばれたこの駅には富士身延鉄道の本社が置かれ、2階部分には食堂が、屋上には庭園があったという。荷物用のエレベーターや貴賓室まで備えたやはり身延線らしからぬ当時の山梨県では最先端の駅だったようだ。



今回の展示は通常は入れないと思われる2階で行われていた。木製のドアと2階へ上がる階段の支柱の装飾が昭和初期の建物といった感じだ。



2階に上がると開業当時に設置されていた貴賓室のステンドグラスがあった。



その下のガラスケースにはかつての写真やヘッドマーク、装備品が展示されていた。



この写真は甲府駅で撮られたもので、蒸気機関車とガソリンカーが写っていることから長野方面が電化されていなかった昭和30年代の写真だろうとのこと。かつての甲府駅はレンガ造りの車庫や車両の整備や改修が出来る工場も備えていたそうだ。この車庫と工場があった場所は現在NHKやベルクラシック甲府の建物がある辺りだという。



今回展示が行われていたのは事務室として使われていた部屋で、普段は恐らく展示物の保管所として使われているのだろう。この部屋は身延方にあり、あくまでも勝手な推測でしかないが、甲府方の2階には食堂が、中央の入口の上に貴賓室があったのだろう。



おそらく富士身延鉄道は多くの私鉄がそうであるように、この駅を拠点に周辺の開発を進めるつもりでいたのだと思う。開業当時は「日本一運賃が高い」現在では「特に急がない特急ふじかわ」と揶揄される原因となっている甲府盆地以南の険しい地形がもう少し緩やかで、トンネルがもう少し広ければ、身延線沿線の風景は史実とは違ったものになっていたのかもしれない。

沼津市 三津坂隧道

静岡県沼津市、伊豆半島の付け根に位置し、青い海と新鮮な海産物、特にアジの刺身やタタキは絶品であり、旅先だろうと食事に対して「なるべく安く、なるべく多く、できれば肉を。」というスタンスの私が「アレが食べたい」という理由で出かける数少ない場所である。



この日は絶好のツーリング日和。VTR が修理中で乗れないので今回は初心に戻って原付で行くことにした。
原付も大型も走っていれば目的地に着くんだからそうは変わらんよ



目的地に着いた



看板を見るまでもなく通行がためらわれるこのトンネル。名を三津坂隧道または長瀬隧道といい、明治29年の竣工。明治37年竣工の旧天城隧道よりも古い歴史をもつ石造りのトンネルである。



トンネル内は漏水が激しいらしく、路面はちょっとした水路のようになっている。大部分は石造りで、中間地点は素掘りのようだ。道幅は2間(約3.6m)といったところ。

貫通した状態を維持する文化財級のトンネルだが、天城隧道と比較して保存状態にここまでの差がついたのは、単純に知名度の差か、それともすぐ近くを通る昭和36年開通の現道トンネルが最初から無料開放されていたせいか…

とはいえ、このトンネルの開通によって現在はラブライブ!サンシャイン!!で盛り上がる明治時代の内浦から伊豆長岡へのアクセスは格段に良くなったに違いない。




…ポニーテールの子がかわいい。

篠ノ井線 旧線跡を歩く

長野県の篠ノ井駅と塩尻駅を結ぶJR篠ノ井線。

特に姨捨駅付近からの景色は日本三大車窓に数えられる絶景である。

明治35年に全通という長い歴史をもつこの路線。当然、路線改良によって旧線となった区間が存在し、線路跡は6kmほどが遊歩道として整備されている。



というわけで、ちょうど新型スーパーあずさに乗りたいこともあって線路跡を歩きに行ってみた。



さすがは最新鋭の車両だけあって揺れも騒音も段違いに少ない。車窓からの景色もあって甲府から松本までの1時間少々を快適に過ごす事ができる。



松本から篠ノ井線に乗り換えて明科駅へ。案内板に沿って進んでいくと架線柱の残る旧線跡がスタートする。



線路跡からは遠くに北アルプスが見える。当時の車窓からも同じ景色が見えたのだろう。



1つめのトンネルを抜けて線路跡を進んでいくと、レンガ積みの姿を留める漆久保トンネルが見えてくる。反対側の坑門には速度標識が残っていた。雨が降ると機関車が空転することもあったという最大25パーミルの登り坂はまだまだ続く。



トンネル以外の遺構は信号機やスイッチバックの跡、レンガ積みの水路トンネルなどが残り、車道と交差する場所には踏切も復元されている。遊歩道は閉鎖されている第2白坂トンネルで折り返し。トンネル内は椎茸の栽培などに活用されているようだ。



この旧線が現役で使われていた頃はJRは22世紀までコレを走らせるつもりだと思っていたらいつの間にか見かけなくなったこの塗り分けの列車が走っていたと思う。私が今よりも更に若かった頃はポピュラーだったこの形の車両はさもない距離の乗車でも妙に「旅してる感」があった。恐らく、あの硬いのか柔らかいのかよくわからないボックスシートの座り心地と、走行音と車内に漂う「電車のにおい」のせいだ。



閉鎖されている第2白坂トンネルの扉の隙間から出るひんやりとした風に乗ってあの頃の音と香りが微かに漂ってきた気がした。

あ、帰りも6km歩くんだっけか

プロフィール

コーテル・リャン

Author:コーテル・リャン
東に不動車があれば引き取って直してやり
西に峠があれば行ってそこを越え
テントを張れば雷雨に怯え
林道に入ればヨタヨタ走り
誉められもせず 苦にもされず 
そういう人が私です。

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